二人セゾン4周年

らしいので、一筆したためます。

よく考えたら2020年、インターネットで一度もまともに発信していない。このまま今年が終わってしまったらもう俺は一生インターネットに戻ってこれない気がする。そんな胸騒ぎを打ち消すためにとりあえず何かをアウトプットしたい。それゆえの起稿。ただの延命措置。だから特に何か言いたいことがあってこの記事を書いているわけではない。アウトプットのためのアウトプット。Byteの無駄遣い最高!一番好きなインターネットの使い方です!

さて、「二人セゾン」というJPOP界に燦然と輝く金字塔を生み出したアイドルグループの”解散”に関しまして今さらお気持ち表明してやりたい気持ちもやまやまではあるが、残念ながら俺はもう去年の全ツ仙台公演を最後に満足にコンテンツを追っておらず、このアイドルに対する一家言を何ら持ち合わせていない。去年全ツファイナルの東京ドーム公演を二日間ともチケット確保していたにもかかわらず仕事の繁忙期と重なり干してしまった時点で、推しメンを失ってから一年経って本当の意味で俺の心はグループから離れてしまったのかもしれない。アイドルコンテンツは出席確認が大事、継続は力だと改めて実感する。そんな心持ちにとある事情も重なって今年ドキュメンタリー映画を観るモチベーションはとてもじゃないが湧いてこなかった。そして当然のように解散ライブの配信も観ていない。そんな中途半端な形でケヤカスを引退した俺に欅坂46解散を語る資格はないので、語りません。一生二人セゾン期の欅坂46の思い出に縋り続けてやるからな。このブログを書き始めるにあたって二人セゾンのMVを久しぶりに見てみたけど、それにしても、良い曲だなあ...欅坂っぽいね。って言われるような立ち位置の曲に育っていくはずだったのにね。

そんなこんなで俺の好きだったアイドルグループは今年特に激動の一年を過ごしたようだが、俺にとってもまさに”激動”という言葉が相応しい一年だった。3月末に引っ越した。転勤に伴いこれまでの人生のほとんどを過ごしてきた都内の実家を出て、とある地方都市に移住した。上に”とある事情”と書いたのは、ドキュメンタリーを上映している最寄りの映画館が250km先にしかなかったためだ。情けないことに俺は趣味が飲酒とアイドルの子供部屋おじさん。今まで親に寄生し続けてきたツケが回ってきたのか一人暮らしの生活は初めてのことばかりでたまに死にそうになったりもしているが、何か一つできるようになるごとに少しずつ自分がまともな人間になっていっているような、そんな錯覚に陥る。まぁオタクは一度オタクになったが最後、真に民間人に戻れることは絶対にないのですが。

他にも新たに色々なことを始めた。車を買った。ゴルフを始めた。自炊を始めた。積読を再開した。Nitendo Switchを買った。Fire TV Stickを買った。今は麻雀を始めようとしている。そろそろ資産運用も始めようと思っている。今度は釣りを始めたい。実はもう既に飽きて手をつけてないものもある。だが、何か一つ始めるたび、何かを一つ経るたび自分が”民間人”へと標準化されていく感覚は、そんなに悪くない。このまま、実家に住み続けて経済的にも精神的にも自立を果たせないまま、お酒を飲むかアイドルのケツを追っかけるかでしか自意識を満たすことができないままだったら、きっとそのうちどこかで人生の限界が見えてたはずだから。これでいいのだ。(バカボンのパパ)

新しく始めたこともあれば、できなくなったこともある。毎年夏には必ずROCK IN JAPAN FESTIVALに行っていたが、今年はコロナ禍のためついには叶わなかった。その他のライブにも一度も行かなかった。当たり前が当たり前じゃなくなることがあるとは頭では分かっていたが、いざ直面すると受け入れがたい。ニューノーマルだかノーノーマルだか知らないが、俺はライブは3密空間で観てこそだと思っているので、早くモッシュピットに戻れる日を今は心待ちにしたい。

引っ越して半年以上が経ったが、やっぱり俺は東京の方が好きだし、東京の暮らしの方が合っている気がする。でも地方に住んでみてよかったと思っている。今まで東京の満ち足りている感じを漫然と享受しながら生きてきたが、”足りなさ”を経験するからこそ満ち足りていることのありがたみが分かるというもの。人生の深みが生まれるのはきっと"渇望感"からだ。希望は体力、まだまだ大丈夫。

 

勢いでここまで書いてみたが、全然文章を推敲できていないので、明日の朝には何もなかったことになっているかもしれない。

それはそれでご愛嬌ということで。